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ずうずうしいほどの自己主張が必要なイタリアでの生活

同じ日本国内でも、東京人が大阪へ行くと、電車のホームでオロオロすることになることが多い。電車が入ってくるまでは列を作って待っているのだが、いざ電車が止まってドアがあくと、瞬く間に行列が崩れて乗客が殺到するのだ。降りる人を先に……などという東京風エチケットなど、一陣の風に吹き飛ばされるのがオチ。しかし、大阪はまだいい。電車は例外で、ファーストフードのレジなどには、きちんと縦長の行列ができているから……。これがイタリアに行くと、行列そのものがないのだ。たとえばジェラートを食べようとスタンドに行く。あるのは店の前にとぐろを巻いたような人だかりだけ。どこが頭でどこが最後の人なのか判断できない。日本人観光客などがウロウロしているうちに、後から来た人がさっさとカウンターに近づいていたりしてあっけにとられることになる。とにかくイタリアでは、自己主張しないと生存競争に負けるようだ。テレビの討論番組などにも、それが表れる。いちおう司会者とパネラー、一般視聴者の団体席のあるところなど、「朝まで生テレビ」のスタイルと同じスタイルで番組がセットされる。ところが、番組が始まって司会者の指名でパネラーが順にしゃべっているうち、指名もされないのに反対意見を声高にしゃべり始めるゲストがいる。カメラが映している人と、別の人が主導権を握って意見を述べ始めるのだ。こうなると、司会者もカメラマンも収拾がつかなくなる。おまけに視聴者席からも意見を言うものが現れて、もうだれがだれに反論しているのやら、何の話をしていたのかさえわからなくなるケースもある。まさに番組はシッチャカメッチャカ。とにかくしゃべった者勝ち、前へ出た者勝ちの世界が、どこででも展開されているのだ。過去の栄光の歴史がそうさせるのか?

日本食が恋しくなったら

日本食が恋しくなったら、スーパーには日本で手に入るものがほとんど揃っている。そして、気が向いたら大規模なショッピングモールまで車を飛ばす。これが「アメリカ的島生活」の豊かさである。島内の交通も便利で移動しやすいから、とにかく自分で動いて体験し、行動してみること。すると自分なりのハワイ暮らしやグアム生活のスタイルが出来上がってくる。そうした新しい「ライフスタイル」が簡単につくれること。これがアメリカの認生活の面自さなのだ。ハワイやグアムでの暮らしで、ポイントとなるのはサンライズとサンセットである。島の夜も確かに楽しいがホテル街の夜景にしても、やはり大都会のほうが美しい。それより、夜は比較的早く部屋に戻って、波の音を聞きながら静かにお酒でも飲んでいたほうがいい。そして、朝はできるだけ早く起きる。かく言う私も宵っ張りの朝寝坊タイプだが、島に行った時はできるだけ早く起きて、朝のビーチや近くの公園に出るようにしている。そうして朝陽を浴びることが時差ボケ解消の特効薬だからだ。

天敵アルミサッシの出現でトカゲ化の道を歩む?

「石垣島のレストランで食事をしていたら、テーブルの上の料理の目と鼻の先をトカゲが横切っていった。沖縄ではトカゲを野放しのままにしておくのか?」そんな指摘を内地の方からいただいた。最初にことわっておくが、室内にトカゲが徘徊しているというのは誤解。それはトカゲではなくヤールー、つまりヤモリ。「ヤモリもトカゲも同じようなもんじゃないか!」と主張する方もいるだろうが、それは。バービードールとリカちゃん人形の区別がつかずに娘にバカにされる悲しいオヤジのようなもの。生物学的な分類は横においといて、まず沖縄を知るためにも、そういったメンタルな部分を理解していただきたい。ヤモリは長い長い歴史のなかで、人間と同じ屋根の下で暮らす共生者としての地位を手に入れた数少ない爬虫類なのである。クーラーという文明の利器が普及するまで、沖縄の家は自然の風を取り込めるように、窓(壁といってもいい)が大きく開いていた。それゆえに部屋の照明に誘われ飛んでくるさまざまな虫達を、不本意ながらも迎え入れざるを得なかった。我らが同居人のヤールーは、その招かれざる客達を食べてくれるんですな。それはもう小さな羽虫から、あつかましいトービーラー(空飛ぶゴキブリ)までなんでも食べ、害虫駆除に専念する縁の下……もとい「天井の上の力持ち」なわけ。蚊がうるさくて寝苦しい夜など、どこからともなく聞こえてくる「チュッ、チュッ、チュッ……」というヤールーの鳴き声も、ウチナーンチュならば「うるさい奴らはオイラにまかしときな」とキザに決める、頼もしいヤールーの台詞に聞こえてくるものなのだ。ヤモリの語源は「家守り」からきているといわれる。ウチナーンチュにとってヤールーは、害虫と一緒に厄もとってくれる頼もしい同居人といっても過言ではない。だから「トカゲの徘徊」ではなく「ヤールーの巡回」というのが正しい。第一、ヤールーは家の中にしかいないのだから。しかし、そんなヤールー達にも、強敵が現れていることも事実。それはあの硬く冷たいアルミサッシの網戸。飛んでくる餌である虫達を室内に入れないばかりか、ときどきヤールー自身が挟まってしまうという、もはや天敵といってもいいほどの驚異。ウチナーンチュの心がヤールーから離れ、アルミサッシという自己主張のない物体に寄り添い続けることで、ヤールーを「トカゲ」と気軽にいいきってしまう日がくるかもしれない。そんな日がこないことを、同居人のひとりとして切に願うのであります。


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